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東京高等裁判所 平成6年(う)1509号 判決

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役二年に処する。

原審における未決勾留日数中五〇日を右刑に算入する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人松野允名義の控訴趣意書に記載のとおり(量刑不当の主張)であるから、これを引用する。

第一  職権判断

控訴趣意について判断するに先立ち、職権で調査すると、原判決には次のように理由不備の違法があり、破棄を免れない。

すなわち、原判決は、四個の窃盗の事実を認めた有罪判決であるが、「証拠の標目」として、単に、「被告人の当公判廷における供述及び検察官提出の各証拠によって認めることができる。」と記載しているのみで、刑訴法三三五条一項の要請を充たしていない。

刑訴法三三五条一項は、有罪の言渡しをするには、罪となるべき事実、証拠の標目及び法令の適用を示さなければならないと規定しているが、これは、同法四四条が上訴を許す裁判には理由を附さなければならない旨規定しているところを有罪判決について具体化した趣旨である。したがって、第一審の有罪判決に示された罪となるべき事実などが法の要請を充たしていないときは、同法三七八条四号の規定により、控訴審において、判決に理由を附せず、又は理由にくいちがいがあるとして判決が破棄されることになる。

そこで、法が証拠の標目をいかなる仕方で示すことを要請しているかを検討すると、まず、審理裁判所が、証拠の証明力についての自由心証主義(同法三一八条)の下で、少なくとも証拠により罪となるべき事実を認定したことが窺われる程度のものを示すことを要請していると解すべきは当然であるが、そのほか、その証拠を標目つまりは標題又は種目によって示すことをも要請していると解するのが相当である。すなわち、旧刑訴法が証拠により罪となるべき事実を認めた理由を説明することを要請していたのを現行刑訴法が証拠の標目を示すことで足りるものと緩和したこと、及び、刑訴規則においては、証拠書類その他の書面の取調べを請求するときはその標目を記載した書面を差し出さなければならないこと(一八八条の二)、公判調書には取調べた証拠の標目を記載しなければならないこと(四四条一項二三号)、地方裁判所等において簡易公判手続によって審理した事件の判決書には公判調書に記載された証拠の標目を特定して引用することができること(二一八条の二)と規定されていることを併せ考えると、法は、証拠請求書や公判調書に記載されるように、個別に証拠の標題又は種目を記載する仕方で判決に証拠の標目を示すことを要請しており、公判調書を参照しなければ有罪判決に用いた証拠の概要すら窺われないような記載では不十分と見ているものと理解すべきであるからである。このことはまた、上訴を許す裁判には理由を附して当事者に示し、上訴審の審査に服させるという法の基本構造に沿うところと考えられる。

このような見地から原判決が示した証拠の標目を検討すると、被告人の原審公判廷における供述を示している点では、証拠の標題又は種目を示しているものの、それのみでは罪となるべき事実を認定するに足りる程度の証拠が示されているとは言えず、検察官提出の各証拠と示している点は、証拠の標題または種目を示しているとは言えないので、結局、原判決が示した証拠の標目は、刑訴法三三五条一項が要請するところを充たしておらず、原判決には、理由を附さない違法があることに帰する。

よって、弁護人の量刑不当の論旨に対する判断を省略し、刑訴法三九七条一項、三七八条四号を適用して原判決を破棄し、同法四〇〇条ただし書により、原判決が認定した事実に基づき、被告事件について更に次のとおり判決する。

第二  自判

原判決が認定した罪となるべき事実〔証拠の標目は、以下のとおりである。〈略〉〕に、科刑上一罪の処理、併合罪の処理を含む原判決と同一の法令を適用して、被告人を懲役二年に処し、原審における未決勾留日数の算入につき刑法二一条を適用し、原審及び当審における訴訟費用は刑訴法一八一条一項ただし書により被告人に負担させないこととする。

なお、量刑の理由について一言すると、本件各犯行の態様、動機に加え、被告人は、二度少年院に送致され、平成六年六月一日には千葉一宮簡易裁判所において窃盗罪により懲役二年、四年間執行猶予の判決の言渡しを受けて自力更生の機会を与えられながら、一か月もたたずに本件の最初の犯行に及び、その後短期間に三件の犯行を敢行していることを考えると、現金を除く本件の各被害物品が殆ど被害者の手元に戻っていること、今後は自衛隊に入隊して更生する旨述べていることなどの事情を十分考慮しても、主文の刑を科すことはやむを得ないと認められる。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 香城敏麿 裁判官 中野久利 裁判官 林正彦)

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